8月6日、広島。
8月9日、長崎。
わずか3日間の間に、日本は二度の原子爆弾による被害を受けました。
8月6日の読書案内では、被爆資料を未来へ残し、広島平和記念資料館の礎を築いた長岡省吾氏をご紹介しました。
では、その資料館に残されている「被爆の実相」を自ら体験した人はどのように語っているのでしょうか。
『キノコ雲に追われて 二重被爆者9人の証言』(ロバート・トランブル/著、吉井 知代子/訳・あすなろ書房・2010)は、広島と長崎、二つの原子爆弾を経験した二重被爆者9人の証言をまとめた一冊です。

著者であるアメリカ人ジャーナリスト、ロバート・トランブルの取材に応じた一人は、こう語ります。
「この体験を語るのは、もう二度と原子爆弾を落としてはならないと、世界じゅうの人にわかってもらいたいからです」
広島で被爆し、生き延びた人々の中には、故郷や家族を求めて長崎に向かった人もいました。本書の第8章では、長崎の被爆について描かれています。
その冒頭には、〈「どうせ原爆を落とされる運命だったのなら、最初の方がよかった」という長崎市民もいる〉という一文が記されています。
この言葉には、二発目の原爆が投下された長崎だからこその複雑な思いや苦しみが、この短い言葉に込められているように感じました。
当時、長崎市に暮らしていた約20万人のうち、およそ10%にあたる2万1,670人が爆発と同時に命を落としました。
一方で、二重被爆者の方々は、皮肉にも広島での被爆経験から「ピカっと光ったら、すぐ床にふせる」という教訓を身につけていたことで、生き延びることができました。
本書では、焼け野原を歩き続けた人、家族を探し続けた人、自分だけが助かったことに苦しみ続けた人など、9人それぞれの証言が語られています。
今なお、広島と長崎の被爆者には、傷や変形といった外見上の後遺症だけでなく、放射線による内部への影響も残り続けています。
本書は、アメリカで出版された後、翻訳者の吉井千代子氏によって日本語版が出版されました。
吉井氏は、この本を日本で紹介することで二重被爆者の方々の心を傷つけてしまうのではないかと葛藤しながらも、未来への平和のためにこの証言を日本で受け継ぐことを決意しました。
証言は、過去を語るためだけではありません。
未来に同じ悲劇を繰り返さないために語り継がれます。
この原爆投下の後、8月15日に戦争は終結し、日本は敗戦を迎えました。
原爆は、数え切れないほど多くの人々の日常を奪い、その後の人生を大きく変えてしまいました。
核兵器の本当の恐ろしさを、世界で唯一の戦争被爆国である日本に暮らす私たちが風化させることなく、次の世代へ伝え続けていかなければなりません。


