本日、7月24日は小説家 芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)の亡くなった日、「河童忌」です。
今年、令和8年は没後99年つまり100回忌です。
何故、河童なのかというと生前好んで河童の画を描いたこと、晩年の代表作に「河童」があることから「河童忌」と呼ばれています。
龍之介没後、親しい友人や文士たちが田端の料亭・天然自笑軒で催した偲ぶ会も「河童忌」と呼ばれていました。
この会は、昭和3年から昭和18年まで毎年欠かすことなく行われ、現在は田端文士村記念館が世話役となり、引き継がれています。
また年に2回、雑誌(同人雑誌を含む)に発表された、新進作家による純文学の中・短編作品のなかから、最も優秀な作品に贈られる芥川賞は友人であり当時文藝春秋社の主宰者であった作家の菊池寛が昭和10(1935)年に創設したものです。
今回、ご紹介するのは小学校の教科書などでも知っている人も多い作品の絵本です。

『蜘蛛の糸』 (芥川龍之介/作、遠山繁年/絵・偕成社・1994)です。
悪業の限りをつくし、地獄へ落とされた大泥坊の犍陀多(かんだた)。
人を殺し、家に火をつけることをためらわなかった男が、一匹の蜘蛛の命を無駄に奪わずに済ませたことがありました。
犍陀多の中にも、一片の慈悲の心はあったのです。
そのことを思い出されたお釈迦様は、血の池でもがく彼の頭上に救いの糸をお降ろしになります。
必死に上る犍陀多がしばし休憩と一休みをして下を覗いてみれば、犍陀多と同じように極楽へ行きたい罪人たちがその救いの蜘蛛の糸へすがり登ってくる姿があります。
このままだと糸が切れるのではないかと不安や怒りに駆られて、糸は自分のものだと犍陀多が怒鳴った瞬間に犍陀多のぶら下がっているところから切れてしまう蜘蛛の糸。
犍陀多はまた地獄の血の池へと再び落ちて戻ってしまうという人間のエゴイズムを描いたとされる作品です。
私はこの作品は人間性の変容ということがテーマであると考えていて、「三つ子の魂百まで」なのか「諸行無常」なのか、このせめぎあいの中で人は菩薩のような慈悲と餓鬼のようなあさましさを繰り返しているように感じています。
犍陀多が地獄で責め苦にあっておらず、もっと心に余裕があったならば後ろに続く罪人たちへエールを送って励ましあって共に極楽を目指したのではないだろうか、とかついつい考えてしまいます。
心の余裕があってもなくても、結末なんて変わらないと笑えるほど豊かというわけではない格差社会である現代において1918年に出版された「蜘蛛の糸」は35歳でこの世を去った芥川龍之介の「或旧友へ送る手記」(1927年)にもある「何か僕の将来に対する唯(ただ)ぼんやりとした不安」というものを読者に考えさせてくれます。
時代大きく変わり戦前といわれる時代に生み出された芥川龍之介の「蜘蛛の糸」、もう一度読んでみてはいかがでしょうか。
えほん-014-003に配架中です。
【参考】
・田端文士村記念館ホームページ「芥川龍之介百回忌によせて~「河童忌」を振り返る~」https://kitabunka.or.jp/tabata/news/24554/(最終確認日:2026年7月23日)
・公益財団法人日本文学振興会ホームページ「各賞紹介」https://bungakushinko.or.jp/award/index.html#akutagawa((最終確認日:2026年7月23日)


